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help リーダーに追加 RSS 2002年7月20日 高村薫『晴子情歌』 高村はどこへむかうのだろうか

<<   作成日時 : 2005/03/22 23:25   >>

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日本ミステリー史上、屈指の傑作『レディ・ジョーカー』を発表して後、創作活動がとまっていた高村薫の大河小説「晴子情歌」が刊行されて早速に買い求めた。最近は政治評論家になったかと思われるばかりの言論活動が目について傍目でいらいらしていただけに期待は大きかった。にもかかわらず、いっこうに読み進めないのであった。「非ミステリー」であり、娯楽性がほとんどない、つまりとんでもなく退屈な作品である。しかし、新聞雑誌の書評を大いに賑わしている問題作であることに違いはなく、シャクトリムシの休み休みしながら歩むかのように一月がかりでようやく読み終えたばかりである。

暗いなぁ。重苦しいのである。昭和とはこんなにまで暗鬱なときだったのだろうか。
大正9年、本郷の左翼のたまり場になっていたインテリ家庭にうまれた文学少女晴子が14歳で青森の寒村に移り、北海道の鰊漁、男の汗と体臭と魚臭にまみれた「労働」の現場で初恋をする。
マツさんたちの足音が何かたまらなく淫靡な気配になったり、夕刻に出会った千代子の強い色香が勝ち誇ったように甦ってきたり、いまも番屋で赤々とした頬をしておほらかに喉を鳴らしてゐるのだらう巌青年の、何と云ふのでせう、若い身體の発する波動のやうなものが私の出血する子宮に響いてくるやうな気がしたりで、濱の闇の全部が何かふつふつと沸いておりました

すごい感受性の15歳である。

政治に志をもやす主を頂点とする大家族・造り酒屋へ奉公に入った晴子はそこ子供たちの一人との間で昭和21年彰之を生む。昭和50年、50台の後半になった晴子が遠洋漁業の漁船員となった彰之に膨大な手紙を書き送る。そこには昭和という時代を歴史の中心地ではなく、辺境の地で送った女が、にもかかわらず歴史の変化と重さに直面し、心に繊細な襞を刻み込んでいく様子が克明に描かれている。それを読む息子は全共闘活動を斜に眺めていた世代にあたる。母と子の言葉と心の交流、二人の心象風景が微細にしかも色彩をつかわないモノトーンの明暗だけで描かれた心象風景なのだが、血の色と口紅だけが妖しい赤に彩られている。腐臭、血生臭さ、体臭、体液、さらにこれらが混濁したニオイが充満した文章でもある。
作者が言うとおりそこには「言葉のエロス」がふんだんにあった。実に官能的な文章である。

面白いとは思わなかった。それでも読み終えたのには私なりの理由がある。昨年亡くなった私の父は大正5年生まれであり私は昭和19年生まれである。晴子・彰之の二人が語る昭和史の回想、彼らの思考と私に重なる部分があったからだ。特に6月は一周忌にあたり、父の一生をたどる作業をやったことも私のこの小説にたいする興味を一層深めた理由である。

自分というもの、それに対峙する社会、その頭上に伸びていく理想や理念の階段のどれもが確固として若かった時代のことを晴子は語っており、半世紀後の自分の息子の世代にはもう、それの全部の形がなくなったことを晴子はついぞ知らない。

彰之が母の手紙の重さに戸惑っているところである。今の時代に「生きる原理」を喪失してしまった者の慟哭がここにある。

なるほど私のオヤジには「その原理・原則」は確固としてあったものと思われる。そして私あるいは現在の日本に根本原理があるとは思えないのも事実である。
しかし、この小説と高村薫の変身は感心しない。しょせん政治的人間にはなれないインテリゲンチャが現在日本の置かれた閉塞状況を深刻であると傍観している、ただそれだけにすぎないのではないのか。

この小説これで未完なのだそうだ。どうやら彰之は宗教に「生きる原理」を求めることになるらしい。続きを読むかどうか迷うところですね。

オジサンの書評集「よっちゃんの書斎」>「ミステリーの部屋」をごらんください。

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日記風雑読書きなぐり
2005/11/13 09:52

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