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help リーダーに追加 RSS 川端康成 『雪国』 十一面観音の印象と「雪国」

<<   作成日時 : 2007/01/04 23:29   >>

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国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

中学だっただろうかいや高校だったろう、おそらく国語の試験問題かあるいはクイズかもしれないのだが、冒頭がこの文章で始まる作品名は?とかこの作者は?あるいはこの長いトンネルとはどこのトンネルでしょう?またはここでいう雪国とはどこを指しますか?などこの一節だけでいくつもの問いがあったものだ。なかには「国境」に振り仮名をつけよという作者本人がルビを振っていないのだけど偉そうにする質問もあった。池部良と岸恵子が主演した豊田四郎監督作品を見たようなおぼろげな記憶がある。
この指だけは女の触感で今も濡れてゐて、自分を遠くの女へ引き寄せるかのやうだと、不思議におもひながら、鼻につけて匂へひを嗅いでみたりしていたが………

と最初からひどく官能的なのだが小説をぱらぱらと読んだ限りでは期待した駒子と島村の情交シーンは実際にそれはあったのかしらと思うぐらいに源氏物語風だったとこれは鮮明に印象に残っていた。川端先生がノーベル文学賞を受賞されたので代表作でもとこれを読んだときにも特段の感銘はなかったように思われる。
その程度の『雪国』であったが、どういう風の吹き回しか11月末にあらためてこれを読みながら上野の森に出かけたときのことだ。
混雑していたため順路を逆に回った。たくさんの木彫りの仏様を見た最後に圧倒的存在感を持って十一面観音菩薩がやさしくおわしました。渡岸寺の十一面観音様である。その周囲には宇宙の根源からでも吹いてきたかのような緩やかな大気の渦があるのだろう、腰を少しくねらせたお姿から流れるようにふんわりと裳裾がそよいでおられる。いや宇宙の根源はこの仏様そのものなのでしょう。宇宙生命の鼓動をわが鼓動として拝むものたちにその律動を感じさせるそんな存在でありました。私の心が透明になったからでしょうか、普段なら雑踏の中の公園としか感じられなかった上野の森が黄色く、赤く、柿の色に染め上がって別世界のように美しい風景がそこにはありました。
川端の描いた『雪国』とはこんな世界なのかもしれないと不思議な直感があった。そこは仏のおわす彼岸なのだろう。駒子は島村にとって女ではなく仏、永遠のやさしさを宿した母性、慈母観音なのではないか。駒子は宇宙の呼吸を呼吸している存在。
わたしが圧倒されたのは駒子がきれいねえとつぶやく天の河の描写だった。その凄艶なまでの美の中に島村の体はふうと浮き上がる。
裸の天の河は夜の大地を素肌で巻かうとして、直ぐそこに降りて来てゐる。恐ろしい艶めかしさだ。

しかも天の河の底なしの深さが視線を吸い込んでいった。
二人のうしろから前へと流れ落ちる天の河、濡れた瞼に満ちる天の河、大地を抱こうとしておりてくる天の河。
さあと音を立てて天の河が島村のなかへ流れ落ちるやうであった

天の河へむかって浮揚する島村はラストで天の河を吸収する。深遠な宇宙の真理と同化したのかもしれない。

わたしは幼い頃だったが仰ぎ見た冬の天の川を知っている。天空を端から端まで首を巡らせるとただでさえクラクラとめまいがしたものだ。だからもはや目に触れることがなくなった天の川ではあるが、潜在する記憶があるからだろう、高等遊民の島村がこの宇宙の美の極致を神秘体験する情景にはぞくぞくと鳥肌の立つ思いで威圧された。天の川を見たことのない人には気の毒な描写だと思う。

文学とはそういうものなのだろうが読書する年齢によって印象が異なる。いや読む人ごとに異なる印象を残すものだろう。たまたま今回は渡岸寺十一面観音に接したゆえの印象なのかもしれない。そして恥ずかしいことだが葉子という女性の存在がこの期におよんでよくわからない。何年か先に読めばそのときには確かなものが浮かび上がるかもしれない。それこそが文学というものの手ごたえなのだろう。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
新年明けましておめでとうございます。
今年も時々訪問させて頂きます。どうぞよろしく。
筑摩書房の文学全集全巻すべて揃っています。それも
初版本です。書架の奥で眠ったままです。つい懐かしく
(義祖父の形見)見入ってコメント致しました。
>読書する年齢によって印象がことなる。
そう思います。私も還暦すぎていますので。





hune
2007/01/09 00:13
huneさんあけましておめでとうございます。筑摩の文学全集初版本ですか。私のも昭和30年11月発行で初版本でした。これも父の残したものです。そういうものでもなければなかなか蔵書していない類ですね。父の残したものはこれはごく一部でして、たとえば岩波の日本古典文学大系とか漱石全集などもあってこれからの時間を楽しむことができそうです。
今後ともよろしくお願いします。
よっちゃん
2007/01/10 12:42
BIGLOBEの会員なのですが、こちらで、ブログは
作成していないので。(以前ニフティだったので)
ここで、コメントさせて頂きます。
本が2月刊行されるのですか?
おめでとうございます。高村薫のファンでしたので
ここへは何回かお邪魔していました。これだけの
文章力がおありなのですから、当然のような気が
致します。ペンネームの呼び名ひらがなで教えて
下さい。
hune
URL
2007/01/10 23:45
いただいたコメントにURLが紹介されていましたので「絵本の扉を開けて」みました。
実は私の父がいまで言う児童文学者だったものですから絵本の著作もあります。もちろん絵は別の人が描かれていますが。今ではみな絶版になって図書館にでも行かなければ目に触れることはありません。
江崎来人は「えざき・らいと」と読ませます。
刊行されるといってもワンオブゼムですから。
よっちゃん
2007/01/11 14:24

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