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『The Long Goodbye』。チャンドラーの傑作中の傑作、いや古今のミステリー史上十指に入ると言われる名作である。わたしが『長いお別れ』として清水俊二訳を初めて読んだのが二年前だった。そして世評どおりの印象を受けた。これを村上春樹が翻訳したということで目下読書界の話題をさらっている。 酒と男漁り、享楽の日々を送る億万長者の女を妻にしたアル中のテリー・レノックス。暴力と欲望が渦巻くロス・アンゼルスに誇り高く生きるタフガイ私立探偵・フィリップ・マーロー。いくつかの男と女の別れとそれに関わる殺人事件があって、なかでセンチメンタルに男同士の交誼が一貫する。ミステリーとしてのプロットが完成されている。 それとは別に文体がとてつもなく魅力的だった。登場人物たちのセリフにある。一人称語りなのでト書き以外の文体もマーローのモノローグとすれば全編に思わず相槌を打ちたくなるような気のきいた会話がちりばめられていた。当時の社会を痛烈な皮肉で揶揄し批判し、人間の心理をえぐるに巧みな比喩が使われる。それらは説得力を持って読むものに迫り普遍性があるから共感するところが多い。とにかくこのカッコイイ、オリジナルの名言。誇張あり逆説ありディテールが加わった雄弁である。マーローは寡黙だといわれるが、そんなことはない。この語りに痺れる快感を恥ずかしげなく味わえるのがこの作品の真骨頂なのだろう。清水訳でもそれは充分に楽しむことができたものだ。 探偵小説をなぜ読むかとの問いにしゃれた会話の教科書として読むという答えがあるそうだ。そうであるならばまさにこの作品はうってつけの値打ちものだ。なにしろ台詞の天才・チャンドラーを文学界の巨匠ハルキがあえて細部にこだわった翻訳となればプロットは清水訳の『長いお別れ』にまかせて『ロング・グッドバイ』ではじっくりとしゃれた会話を楽しもうかと、実用にならないことはわかっていてもそして『長いお別れ』を読んだことのある読者でもこの一冊、読んでみるのも酔狂でしょう。 実際のところ清水訳とハルキ訳の違いなどまったく気にかけずに気楽に読んだのだが、やはりチャンドラーのこれは傑作だと再確認した。村上春樹もこの翻訳には相当力が入ったらしく、巻末の訳者あとがきでその意気込みが述べられている。ここには『ロング・グッドバイ』をはじめとするチャンドラー作品の見どころ、読みどころを詳細に述べた読書入門があってまた貴重なチャンドラー論でもある。もっともここまで雄弁に語られるとわたしごときが何もいえなくなってしまうのだが。 たまたま安倍首相・ブッシュ大統領の首脳会談が行われていた。それでフッと感じたのは、一般にアメリカ人の自己主張の「上手さ」である。いや強引さである。西部劇の精神か、銃社会ならではの表現方法か、征服で始まった多民族国家だからか、階級社会の必然か、とにかくこうでなければ生きていけない国家の体質なのだろう。ディベートでは日本人はかなわない。日本人が持っていないその意味では真似てみたくなる魅惑的体質である。 異文化との接触には驚きがつきものだが、日本人が戦後まもなく受け入れた『長いお別れ』への感動にはこういう驚きに似たものが含まれていたのではなかろうか。 ただしあの会話・話法は感覚的に魅了されるのはいいが日本人の体質にはあわない。 わたしはカクテルバーでアルバイトバーテンにギムレットを注文して「ほんとのギムレットはジンとローズのライムジュースを半分ずつ、ほかに何も入れないんだ」と清水訳、テリーのセリフをつぶやいたことがある。ごくごくあたりまえの薄い黄緑色で淡紅色ではなかった。バーテンには聞こえなかったのだろうと黙って飲んだ。黙って飲んだので恥をかかずに済んだ。村上春樹訳によればこうだった。「ローズ社のライムジュース」だそうで、なんと製造元を指すものだったのだ。ワインとは違う。ローズ色のライムジュースなどあるわけがない。 |
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『ロング・グッドバイ』
The Long Goodbye (1953) ...続きを見る |
本だけ読んで暮らせたら 2007/07/12 23:51 |
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