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さて日本橋富沢町の元吉原から大伝馬町にある椙森神社(すぎのもりじんじゃ)へ行こうとしましたがなかなか見つかりません。着物姿のいかにもこの街の人と思われる方を見つけましたので教えていただきました。直ぐそばまでたどり着いていたのですが、こじんまりと遠慮深そうにした神社で目に入らなかったんですね。 「大伝馬町」ですが、慶長11年、江戸城内にあり伝馬、荷駄の役を勤めた千代田村の駅家が、江戸城拡張に伴いこの地に移ってきた。その規模はほかの駅家より大きく、このため大伝馬町の名がついたといわれています。とにかくこのあたりは大商業地でしたから、神社仏閣は現世の利益を祈念する町人たちで栄えていたんですね。 椙森神社 案内ボードによると 平安時代に平将門の乱を鎮定するために、藤原秀郷が戦勝祈願をしたところといわれています。 日本でただひとつだそうです「富塚」 椙森神社境内にあります。今でも宝くじの大当たりを神頼みする人が絶えません。 案内ボードによると 富興行は江戸庶民の楽しみの一つであり、庶民の泣き笑いがいまに思い浮かべることができます。この富塚は庶民の心の記念として大正に建立されましたが関東大震災によって、倒壊してしまいました。その後富塚の話を知った氏子の人々は有志を募って昭和28年11月に再建されたのがこの富塚です。この富塚は、多に類を見ないといわれ、日本で唯一のものです。今日では宝くじの元祖として多くの人が心中祈願をしているようです。 べったら市で名高い宝田恵比寿神社 ここも探すのには苦労しました。街角の駐車場の隅にポツンとありました。ここの案内ボードの内容も興味深いものがあります。 「宝田神社恵比寿神御縁起と伝馬町の由来」 べったら市とは名前だけは知っていましたがここが本場だったんですね。 「べったら市」 その昔、翌20日の恵比須講に使う様々な物(神像や打出の小槌、懸鯛、切山椒など)を売るための市でしたが、いつの頃からかここで売られるべったら漬が評判になり、「べったら市」という名が定着したようです。 今では、大伝馬町界隈で様々な露店(約300から400件)が軒を連ね、多くの人が集まります。 江戸歴史ウォッチング 大伝馬町界隈散策マップ 大きな地図で見る |
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