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zoom RSS 葉室麟 『秋月記』 地方小藩のお家騒動に見える現代の混乱

<<   作成日時 : 2009/09/20 00:03   >>

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壮絶な死闘が繰り返されるエンタテインメントであるが、どうしても政治家たるものかくあるべしと現代に重ね合わせることになる、時代小説の傑作だ。

筑前秋月藩は独立した藩ではあるが福岡藩の支藩であって、藩政は折りにつけ福岡藩の介入があった。
冒頭の章は、隠居してなお隠然たる権勢を振るっていた間余楽斎が、藩主をないがしろにしたかどで流罪の上意を受けたところにある。最終章は冒頭の章に続き余楽斎が流刑の地に旅立つラストシーンである。この巧みなリフレーンの間で専横者とそしられたこの政治家(若き日の間小四郎)の素顔が語られる。
じーんと目頭が熱くなって読み終えた。そして冒頭を読み返す。この間の熾烈で重たい道を歩んだ男が政争の果てに最後に到達した自己完成、その清冽な境地にまたまた胸がいっぱいになった。

少年小四郎は臆病者だった。そのために妹が死んだのだと思い、これからは逃げない男になると決めた。そして剣に励んだ。秋月藩では専横を極める家老・宮崎織部への不満が高まっていた。間小四郎は、志を同じくする仲間の藩士たちとともに糾弾に立ち上がり、その排除に成功する。だが織部崩れにより福岡藩の支配は強まった。なにかにつけ秋月藩の犠牲を強いる本藩と向きあって、凡愚な藩主を支え、藩政改革、財源確保、生産基盤の強化を推し進める間小四郎と仲間たちではあったが、やがてそれぞれが重職に就くころには亀裂が生じてくる。

公共投資でほどほどに民の暮らしが維持されていた秋月藩であったがその懐は大阪をはじめ諸国の大商人からの
借財でにっちもさっちもいかなくなっていた。君側の奸といわれた宮崎織部は実は財政再建の大秘策を断行しようとしていた本物の政治家であった。小四郎はやがてこの事実を知ることになる。

蟄居の身にある織部が自分を倒した小四郎に語る言葉には千金の重みがある………、現代人として私はそう感じた。
「政事を行うとは、そういうことだ。捨て石になるものがおらねば何も動かぬ。」
そして
「後はおまえらの仕事だ」
小四郎は宮崎織部と同じ専横者とそしられる孤独の道をたどるのであった。

国家を預かるリーダーだけではない地方政治においても、あるいは会社組織においてもしかり、すべての人に喜ばれる采配などあろうはずがない。過酷な現実に向きあって大事を英断、実行する過程ではきわどい悪行がついてまわることを覚悟することなのだ。肝心なのは静謐にして去る引き際の潔さなのだろう。

小四郎を慕う女性、詩人・猷が捧げた漢詩がそれである。

孤り幽谷の裏に生じ       人目につかない山奥にあって

あに世人の知るを願わんや    世間の人に知ってもらう気などさらさらなくても

時に清風の至る有れば      たまたま爽やかな風が吹く時には

芬芳(ふんぽう)自ら持し難し  おさえようとしても良い香りは漂いでるものです


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