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zoom RSS 辻原登 『許されざる者 下』 美しい女性の二つの恋の物語でもある。

<<   作成日時 : 2010/05/30 16:28   >>

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初恋と不倫。この作品は西千春、永野暁子という美しい女性の二つの恋の物語でもある。あらすじだけなら型にはまった恋愛小説といえなくはない。しかしちりばめられた巧みな語りの技法と時代性で濃厚に味付けされた個性の表現は稀に見る一級品である。じっくりと楽しむことができた。

西千春は槇隆光の姪で17〜18歳。広大な山林事業に成功した祖母の財産を承継したものの、欲とか執着心とはまったく無縁で清純無垢なお嬢さん。登場人物の誰もがなんらかの拘束の中に生きているのだが、彼女だけが生まれたままの自由そのものを歓喜できる人物として描かれている。そして森宮の人々はみな彼女をあたたかいまなざしで見守ってくれる。やさしい光をあびて自然の中にふっと溶け込でしまいそうな魅力に私はモネの描いた「日傘の女」そのもののように映った。
どこかに頼りになる人を求める内心があるものの、彼女はいまだ恋というものを知らない。だが三人の青年から愛されている。彼女の従兄、肺を病んでいる建築設計士・若林勉。槇隆光が帰国の船上で会った鉄道事業に意欲をもつ上林道助。永野夫人の甥、頭山満の演説会に颯爽と姿を見せた近衛騎兵仕官・馬淵春彦。三人ともに好人物である。
しかし、冒頭から彼女の周辺には彼女を陥れようとする邪悪な意図が見え隠れしている。誰がなんのために?このサスペンスタッチの伏線がただならぬ先行きを期待させ、その期待どおりにこの艶やかな恋模様はドラマティックな展開をみせるのだ。

やがて彼女が恋を自覚する。そのきっかけになる場面に藤村『初恋』の一部が引用される。あまりにも鮮やかな印象的シーンだったので『初恋』全文を引くと。

まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき

前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは

薄紅の秋の実に 人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの その髪の毛にかゝるとき

たのしき恋の盃を 君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に おのづからなる細道は

誰が踏みそめしかたみぞと 問ひたまふこそこひしけれ


さて幾つのときにこの詩を読んだんだっけと、あえて音読をしてみれば気恥ずかしさでむずがゆい思いがしたのだが、それにもまして、いまさらながらではあるが、初心な若者がこらえきれずに放つ官能のふるえを匂わせて、ただよう色気にゾクゾクさせられるではないか。初めて恋を知った千春がわれを忘れて恋に夢中になりかける絶妙の間合いでこの詩がすっと入る。まるでこのシーンのために用意された詩であると錯覚するばかりにぴたりとはめ込まれているのだ。完璧な小説作法といえるだろう。『許されざる者』をここで読んだから藤村『初恋』の内心がわかったといえるのかもしれない。優れた作品同士の相乗効果といったところか。

もう一人の美しきヒロインが永野夫人であり、槇隆光と不倫の恋に身を焦がす。
夫・永野忠庸は森宮藩の最後の藩主・忠良の長男である。身分制度を廃した廃藩置県で藩主の座を失ったものの、代々の治世ぶりがすぐれていたのであろう、森宮の人たちからは「永野の殿さま」と敬慕をこめて呼ばれ、地方政治の一角を担う保守派の実力者である。
毒取ル、悪いことはいわん、おさえとくなはれ。そやないと、えらいことになるよ。おふたりの運命を握っているのは、おふたり自身やあらしまへん。永野の殿さま、というよりはこの森宮のまちや。まちが許さへんと違いますか
これは二人の急接近を知った地元ヤクザ中駒組の女親分・中子菊子が密かに思いを寄せる槇隆光に対して、その身を案じた忠告のセリフだ。姦通罪が成立する時代でもある。しかし、「まちが許さん」は刑罰よりもはるかにつらい桎梏なのだ。

悪役とも見える永野忠庸の人物造形がすごい。なかなか魅力的でもある。少佐という高い身分の軍人であるが八甲田山雪中行軍を糾弾する文書を師団本部に提出し、譴責処分を受けている。天皇陛下万歳を叫んで死んでいく軍人とは反対の極にあって、精神主義を冷ややかに見つめ、合理的・科学的な戦闘作戦を実践する一歩先を行く軍人である。
女をつくるでも酒癖が悪いわけでもなく、妻に暴力を振るうでもない。そして妻と槇の仲を疑って嫉妬しているのではないとするところが月並みなラブストーリーとは違う。
彼は妻の稀に見る美しさを認めていた。だが美しい妻とは従順で個性のない人形のような存在でなければならなかった。妻が自由な心とフレキシブルな感受性を備えた女性であるとさとったとき夫人は彼にとって許しがたい存在になった。
ついこの間まで、藩主であった。森宮というまちはおれのものであった。にもかかわず
永野夫人の個性が森宮というまちが持つ自由に触れて蠢きだしたのだ。そのまちの一角にドクトル槇がいた
江戸時代人である彼が嫉妬したのは時の流れの先をゆく「自由な心」であり、怒りは森宮のまちが自由へ向けて歩み始めたその変化であり、恐れはその変化に大きな影響力をもつ槇と妻が結びつく可能性であった。

軍人としては一歩先を歩む男が家においては古い時代性の象徴ともいえる屈折した醜悪の固まりである。一方、永野夫人は夫の意のままにつかえることが伴侶としてのあたりまえだと思っている。まさに貞淑な妻であった。そして夫人の美しさは夫の醜悪さを逆反射するゆえに光沢をみせる美貌である。若い千春の美しさが開放された無防備の清楚さだとすれば、永野夫人の美しさは閉塞の中にある頑なな清浄さだといえる。

そしてこの恋のみどころは夫人の個性が閉塞からの開放へと変化するプロセスである。距離を置いたままの二人がそれでもなおエクスタシーを感じる官能的シーンの数々を大いに堪能しよう。千春の恋もいいがこちらのほうが大人のための本格恋愛小説なのだろうね。

夫人に横恋慕する鳥子薫・警察署長は槇を落としいれようと奸計を企てる。ところで鳥子も社会主義運動を弾圧する悪役に見えるがなかなかに惹きつけられる個性の持ち主だと思う。身分制度で固定されていた藩主の座が、誰でも座ることができる知事となった。知事になるぞ。自由競争的出世に野心を燃やす新時代の個性として登場させているのが面白い。

そして槇を慕う中駒組女親分・中子菊子の胸のすく義侠の啖呵がさらなる山場をと、次々と切れ目なく楽しませてくれる。
ヤクザ映画が大好きだった私が女侠客と言ってまず思い浮かぶのが女賭博師・昇り龍のお銀。手本引きの胴師を演じてきめセリフの「入ります」が一世を風靡した、江波杏子だ。そして「極道の妻たち」の女親分、いろいろな役者が演じたがきついまなざしと独特の関西弁、あの和服姿がビシッと決まった岩下志摩のインパクトはすさまじかった。だが一番好きなのは「緋牡丹博徒」だった。熊本矢野組の娘・矢野竜子、父親の敵討ちの流れ旅、熊本弁の啖呵が色っぽく、太ももに入れた緋牡丹の刺青はなかなかお目にかかれない。藤純子演ずる緋牡丹お竜は恋をする女でもある。
だから中子菊子は藤純子がふさわしいのではないかと思ったりして………。

二つのもつれた恋のゆくえは?

戦後処理をめぐる日比谷騒擾事件が森宮にも波及し玄洋社に扇動された暴徒がまちに火を放つ。そしてこの騒動に便乗した「熊野革命五人組」は爆弾テロに暴走する。

爆弾テロの首謀者とされた隆光の容疑は晴れるのか?

すべてのテーマが最終局面に手繰り寄せられる。

そして美しい感動のラストは涙なしで読めなかった。


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