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zoom RSS 夢枕獏 『大江戸釣客伝 上下』 若き日の英一蝶、宝井其角が破天荒に遊ぶ元禄の世界

<<   作成日時 : 2012/04/15 15:55   >>

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夢枕獏といえばいつごろだったろうか、「魔獣狩りシリーズ」をおおいに楽しんで読んでいた時期があった。当時は菊地秀行の「魔界都市シリーズ」も発刊されるたびに読んだ。もうすこし前には平井和正「ウルフガイシリーズ」が面白かった。これらはSF的伝奇的素材を現代に持ち込んでバケモノ的な超能力者同士のバトルアクションに工夫を凝らした小説群で、山田風太郎の「忍法帳シリーズ」の忍法合戦にあった刺激性と似た魅力があった。夢枕獏のその後の作品は読むことはなかったが、ひとつだけ、まるでジャンルをかえた本格山岳小説『神々の山嶺の筆圧にはびっくりした。1997年発表の作品で読んだのは2002年であったが、このインパクトは大きかった。登山好きの友人たちに紹介すれば全員が面白かった、すごかったという感想があった。私が読んだ山岳小説の名作はいくつもあるが、これは屈指の傑作である。その夢枕獏の『大江戸釣客伝』で吉川英治文学賞を受賞したと聞き、また泉鏡花文学賞と船橋聖一文学賞までいただいていたというから、懐かしさもありを拝見しようと手に取った次第。とにかく『白鯨』という重量級にチャレンジしたばかりなので軽くてヒリリとしたところが好ましい。

ところが、第一印象をいえば、辛口のカレーライスを注文したつもりが、一口含めば、あれれっ、ハヤシライスではないか。といっても、なかなか上等!丸善ビル屋上のハヤシライスではあったが。

最古の釣り指南書『何羨録』を著した津軽采女を中心に描く、釣りにつかれた人々の活躍。元禄の世の釣りの名勝負の妙、名人の業。絵師朝湖と俳人其角が釣り上げた土左衛の正体は!?
著者は釣りが趣味だそうだ。江戸時代の釣り作法の薀蓄が盛りだくさんあり、「名勝負の妙」「名人の業」など見せ場にはなるほどと思わせるところがあった。でも、事実の枠内にあえて抑えたのだろう、魔獣狩りシリーズの奇想天外な超絶技でゾクリとさせる趣向ではない。

私のように船酔いがいつまでも抜けないものにとっては、釣り人の心得など理屈っぽく語られても、その楽しみあるいは怖さがひしひしとは伝わってこない。
そもそも釣りの道は人の道にあらず、外道の道なり。この道に生き、この道に死して悔いなし。なまこの新造があれほど釣りにのめりこんだというのも、その心のどこかには哀しみのようなものがあったのではないか。自分の握るこの竿は、人が生きていくための杖である。人は淋しい。人は愚かだ。その淋しさや、哀しさや、愚かさの深さに応じて人は釣りにゆくのであろう。
山岳小説なら命のやりとりは承知だし、博打、女で身を持ち崩すのもワカル。だが、釣り道楽が嵩じて、「人の道にあらず、外道の道なり」と女房・子供を捨て、職人の誇りを捨て、狂となって自滅していく人間像はどうにもリアリティーが欠けている。著者が創造した人物。「投竿翁」と呼ばれる謎の男・なまこの新造である。エピソードは実にドラマティックで構成にも妙があるのだが、釣りとはここまで血道を上げることになるもんだ、と無理強いをするお説教口調にしらけてしまう。

1723年(享保8)釣魚の秘伝書「何羨録(かせんろく)」を著した4千石の旗本・津軽采女(実在の人)を縦軸に物語は進む。ところで四千石といえば佐々木味津三が生んだ旗本退屈男・早乙女主水介が千二百石であるから、相当に大身のお殿様だと思うのだが、この人物は家来が二、三人しかいないようなのだ。出世欲は人並みにあり、吉良上野介の娘と結婚、義父の応援もこれありなのだが、いっこうに目が出ない。釣りだけが安らぎだった。ところが生類憐れみの令が施行され、この楽しみも失われた。御法度をやぶってまでもやるかといえば、根が真面目であるから、そんな度胸はない。釣竿をながめつつ、じっと耐えじっと忍びの毎日。やがて吉良家の没落で出世の道も途絶えた。いやいや、まるでサラリーマン人生の悲哀のようで、おおいに共感できる人物だった。
一説には綱吉死去で禁令が解かれた後に釣りに入れ込んで、このノウハウ書を著したといわれている。

「釣りさえできれば、なにを羨む(うらやむ)ことがあろうか(何羨)」とタイトルで言い切り
「序」には次のように記されている。
嗚呼、釣徒の楽しみは一に釣糸の外なり。利名は軽く一に釣艇の内なり。生涯淡括、澹かに(しずかに)無心、しばしば塵世を避くる。すなわち仁者は静を、智者は水を楽しむ。豈(あに)その外に有らんか。
「釣り糸の外」とはわたしには意味不明だが
カネや名誉はなんて、いかほどのことがあろうか。人生の楽しみは釣り船の中にこそある。煩わしい浮世のことはわすれて、恬淡とした無心の人生を送ろうではないか。仁者は静かな日々を、知者は釣りを楽しむものだ。釣りがなくなったら、楽しみなんてあるはずがない。

この時代、釣りブームの中心は武士階級だったようで、俗世間を離れて興を覚えるという竹林の清談風な、高尚な精神を述べているかのようだが、期待の出世舟が沈没船に転じてしまった男の、引かれものの小唄にも聞こえるから可笑しい。

綱吉の将軍継承をめぐる陰謀、堀田正俊刺殺事件の謎、生類憐みの令に固執する綱吉の狂気、そして赤穂浪士の討入りとよく知られる大事件がミステリー風にもつれてくる。登場人物たちがやがてこれらに深くかかわって、夢枕獏らしい伝奇的ドラマティックな通説の改変が起こるのかと期待したのだが、ただ歴史をなぞっただけで上滑りに終始した感をまぬがれない。

実はこの作品は釣り人だけの物語でなかったのだ。
釣りは好きだがそれは付け足しであって、芭蕉門下生にあたる、宝井其角、英一蝶、紀伊国屋文左衛門らが、元禄文化の中心にあった俳諧社交、吉原、料亭、芝居に贅沢三昧するところ、釣りとは異質な感興に満ちていた。むしろ夢枕獏らしさがここにあった。『神々の山嶺』にあったヒリヒリするような狂があった。特に絵師・朝湖(英一蝶)と其角(宝井其角)の人物造形がすごい。『大江釣客伝』というより『大江戸嫖客伝』として津軽采女よりもこのふたりを中心とした物語として読むべきではないだろうか。

元禄文化、それは町人の富の蓄積であり、奢侈への欲望のたかまりである。歌舞音曲、詩歌、書画、園芸が大衆文化として花を咲かせた。遊芸を通じた社交の場の誕生。そして吉原遊び。
この二人は書画、俳諧の分野では革新的な才を発揮し、カネを稼ぐことができる自立した職業人であり、町人である文化人だ。加えて紀伊国屋文左衛門という大スポンサーがついているから悪所では人気抜群。浮世の人事風俗に通じた遊興の人である。
しかも世の中を斜に構えて、将軍をからかう風聞を流布する反権力。朝湖はワルの仲間と語らって懐具合のいい大名たちを吉原通いに誘い込み、豪勢な遊びで身代をスッテンテンにさせ、ざまぁみろと嘲り倒すのである。
金回りがよいから江戸っ子とはいえないのだが、粋であり、キザであり、風流であり、洒脱で機知に富んだワルなのだ。現実社会にある身分や制約にとらわれない人間だから、自由な欲望と感情が許容される遊里でギラギラと生きる。かれらの生き様を元禄文化そのものとして描いたところ、充分に魅力的だった。


『大江戸釣客伝』の終盤はちょっとさみしい。

むしろそうだからこの作品は上等だ。

はしゃいだ挙句に朝湖は島送り、其角は酒乱の果てに死を迎える。

おもしろうて やがて悲しき鵜飼かな

師である芭蕉の句に晩年の其角が投影されているように思われた。。

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