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zoom RSS 坂東三十三ヶ所霊場巡礼 第二番 海雲山 岩殿寺 平成26年4月2日

<<   作成日時 : 2014/04/12 13:29   >>

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たちよりて 天の岩戸を おし開き

仏をたのむ 身こそたのしき


治承4年(1180)、挙兵した頼朝が石橋山の戦いに敗れ、真鶴岬から房総へ逃れたとき、ここ岩殿寺の観音に念じたところ、船頭になった観音が主従を洲崎に送り届けたといわれる。源氏の帰依厚く頼朝は生涯、守り本尊として参詣を欠かさなかった。

寺伝では大和の長谷寺を開いた徳道上人がこの地で熊野権現の化身である老人会い、ここが霊地であることを知る。のちに聖武天皇のころ行基により十一面観音が刻まれ、安置された。このため、二人の高僧の開基とされている。

山門
一方通行が適当と思われる住宅地の細い道を縫うように車を走らせると小さなこの山門に出る。その先に長い階段がつながっているのが見える。
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山門を入ったすぐ左手に、久保田万太郎、里見淳ら文学者が建てた泉鏡花直筆の句碑

普門品 ひねもす 雨の 桜かな
 春の一日、雨にぬれるさくら、観音経の読経が聞こえてくる

碑を前に首をひねっていたら、この解釈をお庭を掃除していたお坊さんが教えてくれた

泉鏡花は師尾崎紅葉の怒りをかい、逗子へ逃避した。そして岩殿寺の風物に心癒されたといわれる

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鐘楼
僧房から直接、屋根付きの廊下階段を上って鐘楼へ出られる、珍しい意匠だ。

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観音堂
100段あまりの長い石段を登る。こんもりと木立の中に歴史を感じさせる観音堂がある。徳川家康が修復したといわれる。
観音堂裏の岩窟には行基作と伝えられる十一面観音の石像が安置されている。
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泉鏡花の寄進した瓢箪池
泉鏡花は神楽坂の芸妓・すず女と恋に落ち、師・尾崎紅葉の怒りをかい、明治35年、逗子へ逃避した。しばしば訪れた岩殿寺の風物に癒され、住職との対話をもとに小説『春昼』を書いた。老僧は易学、漢詩に通じ、その交流が鏡花の幻想文学を生んだと考えられている。後日鏡花は参詣者の憩いにとこの瓢箪池を寄進した。
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観音堂前からの眺望
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