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zoom RSS 『わが父テッポー』『遠くへ』の著者・渡部伸一郎君の死亡のこと

<<   作成日時 : 2014/09/14 11:30   >>

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高校同期生の渡部伸一郎君が亡くなった。
高校時代は学生運動で、卒業後のしばらくは飲み屋でつきあいがあったものの古い思い出に過ぎず、その後は長い間友人と言えるような親しい交流があったわけではない。
ただわたしは伸一郎君の著作を通じて彼の世界とはつきあってきたような気がする。

1993年 『蝶』
1999年 『亜大陸』
2004年 『わが父テッポー』
2011年 『遠くへ』
2013年 「会津より』
彼の人柄の、彼が住んでいた世界のすべてがこれらの作品に投影されている。

特に父のことを語った『わが父テッポー』自画像でもある旅の記録『遠くへ』は印象深い作品でありこのブログでも紹介した。

わたしにとって彼は「畏友」であった。敬服にあまりある知性と感性をもちあわせた人だった。好奇心が向かう領域は恐ろしく広く深い。蝶々の採集、文学、俳句、絵画、陶芸、演劇、映画、音楽と広範な文化活動へのアプローチは趣味をこえて、それぞれが並み一通りのレベルではないのだ。彼の周囲には同好の一流文化人との交流の場がある。

そのうえでこよなく愛したのが「旅」であった。旅といっても「旅行」ではない。彼の場合「旅を愛する」とは………。旅情という言葉がある。彼の場合どうやら「旅の愉悦」とは「旅情にふける」ことにあった。

その地は天地創造に始まる宇宙力学の結晶として存在しているのだろう。彼は生き物はもとより生命のないものにも不易流行の相を観る。そしてそこには長い長い人間の営為が沈殿しているのだ。栄枯盛衰の起伏が連なり、喜怒哀楽の陰影がどこかに跡を残している。そしてこの地に特別な思いを寄せる彼の知人たちがいる。知人は彼の実際の知り合いでもある文化人だけでなく、その地を舞台にした小説家、映画俳優あるいはロマンの主人公である。彼はその知人たちの感傷に共振していく。
言い換えれば、彼には、当地にゆかりのあるあらゆる痕跡と思念が知識として蓄積されている。知識はそのままでは整理されたただのデータに過ぎない。データを叙情に昇華する。データを自分のものにした彼の感性が精妙に練り上げて完成させた空間。彼がみるのはこの時空を超越した情景なのだ。その世界にたゆたうのが旅情であり、それこそが本物の旅だ。彼はこの旅の真髄を語っている。

訃報を届けてくれたN.W君のメールにはこうあった。
8月20日発27日間の予定でかねてより計画していた南仏旅行に単独で出発。
目的は少年時代からの趣味の昆虫採集の源となったファーブルの足跡を辿る事にありました。
31日にアヴィニヨンで心臓発作で倒れ、日本時間9月8日AM4時に家族に看取られて逝去されました。
その間、親友であるN.O君がマルセーユ日本領事に現地の十分なアシストを依頼する一方、相談にも乗ってご家族をバックアップしました。


思い通りに生きようとした男の思い通りに選択できた死ではなかったろうか。

渡部伸一郎さんのご冥福をお祈りします。

20014年9月14日

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