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zoom RSS 新・神田川遡行 17 豊橋から高戸橋

<<   作成日時 : 2015/08/06 13:28   >>

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豊橋
神田川30番目の橋です。河口から7キロの地点です。全長24.6キロですからまだ三分の一にもなりません。
なお」神田川は新宿区と文京区の区境を流れていましたが、このあたりから新宿区と豊島区の境を流れます。

ところで、神田川の風景は駒澤橋からかなり変わったことに気がつきます。江戸川橋付近の流れは淀んでいて濁っていましたが、流れに勢いが出て透明になっています。鯉や水鳥の元気な姿が見られるようになりました。
護岸壁を深い緑のツタが覆い、葉の茂った桜の枝が水面まで伸びていますので、涼やかで自然のままにある郊外の風情を感じることができます。
川床が見えますが、本来の岩床が剥きだしたかのようなデザインに感動しました。人工のものとは思えません。
M男さんは「絶対に岩盤が表出したものである」と頑張っていました。

豊橋の親柱(おやばしら)は重厚感があります。
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このような風景は去年と変わりませんね。(駒澤橋から豊橋)click!
去年よりは水量が増えているかな。(豊橋から上流)clicck!


ここからしばらくは川床の意匠に注目しましょう。

画像仲之橋

ナカノハシは神田川に三つ存在し、ここは二番目になります。なにかとなにかの間なのでしょうが、よくわかりません。
古地図を見ると(clicck!) 駒塚橋と面影橋の間には橋がありません。このふたつの間なのかもしれない。
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風情のある川床だね。

仲之橋・三島橋 去年の風景click!


ここの北側に 「富田染工芸(東京染ものがたり博物館)」 があり神田川と染物産業ということで是非寄ってみたいところだが、今日は休館である。
HPにこんな紹介がある。
東京・新宿の地場産業「東京染小紋」・「江戸更紗」の伝統と技を継承している「富田染工芸」。
東京は、京都・金沢に並ぶキモノの染色三大産地のひとつです。
染色には良質な水が欠かすことが出来ないため、江戸時代には神田川から隅田川の流域にかけて多くの染色業者が存在していました。しかし明治時代以降は川の汚れが目立つようになり、神田川の清流を求めて早稲田に染色業者が集まって地場産業として根付いていきました。
富田染工芸は、明治初めに浅草の馬道で初代が創業し、大正3年に、この地に移転しました。東京染小紋の老舗として、伝統と技を現代にも継承しております。また、創業より使用されている、12万枚を超える型紙が保存されており、現在でもそれらの型紙を使用して染小紋を行っています。

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三島橋
三島橋の南側、新目白通りを隔てて「水稲荷神社」があります。古地図を見るとその場所には「三島社」と記してある。三島社が近くにあったからそれを橋名としたのであろう。静岡の三島神社は源頼朝の崇敬を集めた神社なのだが、なぜここにあったのかは知らない。頼朝が挙兵に際しここへ勧請したとの話も聞いたことがあるが定かでない。
ただ水稲荷神社のHPによればこの一帯を屋敷にしていた御三卿の一つ清水家の守護神であったという。

私たち一行はこの水稲荷神社に参拝したのですが、密度の濃い伝承・逸話がたっぷりありましたから、改めて別項にて報告することにします。

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面影橋
神田川の橋名、数ある中でもっともロマンチックな雰囲気を持っています。
橋そのものは色気がないのだが………。
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新宿区も橋の南詰に「面影橋の由来」について標識を設けています。
目白台から続く鎌倉街道沿いにあり、姿見橋ともいわれていました。橋名の由来には諸説あり、高名な歌人である在原業平が鏡のような水面に姿を映したためという説、鷹狩りの鷹をこのあたりで見つけた将軍家光が名付けたという説、近くにいた和田靭負(ゆきえ)の娘であった於戸姫が数々の起こった悲劇を嘆き、水面に身を投げた時に歌った和歌から名付けたという説などが知られています。
なお、姿見の橋は面影橋(俤橋)の北側にあるもので、別の橋だという説もあります。


「和田靭負(ゆきえ)の娘であった於戸姫」の伝説について少し詳しく。
和田さん?存じ上げませんが。浄瑠璃「伊賀越道中双六」で沢井股五郎という悪役に殺される人物でした。
新宿区観光協会のブログにこう説明されています。
戦国時代に、この地に来たという和田靱負という武士の娘於戸姫の伝説です。結婚を断った武士にさらわれ、気を失ったところを杉山三郎左衛門夫婦に助けられ、やがて近所の小川左衛門に嫁いだ於戸姫は、夫の友人に夫を殺され、仇はとったものの、自分の身に相次いで起こる不幸から、家を出て神田川の川辺でわが身を水に写し、亡き夫を想いながら川に身を投げて夫の許に急いました。里人は於戸姫の心情を思いやり、面影橋・姿見橋と名付けたといわれています。


江戸名所図会 姿見橋
上の写真、新宿区の案内板にある画像です。
新宿区の説によれば面影橋=姿見橋であり、古地図にも神田川に架かる橋を面影橋と記してある。近くにもう一つの橋はない。
ところがこのベストセラーの名所案内によれば近くに橋はふたつあり、手前の大きな橋が「俤(おもかげ)のはし」とあり右手の小さいのが「姿見橋」とある。タイトルが「姿見橋」にもかかわらずちっぽけなほうの橋なのです。しかも解説文にはわざわざ「この橋(俤のはし)を姿見の橋と思うは誤りなり」と書き込まれている。珍妙である。
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広大な田園を背景に町家の小金持ち風情が散策しています。旅人、坊主。おや、橋の袂で生きた亀を売っていますね。蛍の名所でもあったといわれます。
歌川広重 名所江戸百景 『高田姿見のはし俤の橋砂利場』(click!) を比較してみると………。
手前の大きな橋を「姿見の橋」と逆に呼んでいるのです。ますますおかしいですね。

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ことのついでに、も少し語っておきたいことがある。
池波正太郎 『鬼平犯科帳のこんな一節です。
第22巻「特別長編 迷路ー法妙寺の九十郎」(P140)
坂を下ると、川があり、姿見橋という土橋が架かっている。長さ七、八間の、この橋をわたり、坂道を上っていけば目白台へ出る。
長谷川辰蔵が、山形になっている姿見橋の中程まで来たとき、突如、背後の闇が激しく揺れ動いた。


江戸名所図会の解説では「俤橋」は上水川に架かり、長さ十二間、元は板橋であったが最近は土橋になったとあり、絵を見れば山型です。

池波は橋は山型の土橋、一つしかないと考えそれを姿見橋としたのではないだろうか。どちらかというと広重の絵をとりいれている。「俤」より「姿見」にロマンを感じたのかな。

どうでもいいことなのだが、もともと橋は一つしかなかったのを絵師が勘違いしてもう一人の絵師も間違えたのでしよう。


面影橋ではここを見逃すわけにはいけません。
「山吹の里」の碑  
面影橋の北詰、オリジン電気の正門前、守衛室の脇に、この碑がある。オリジン電気の私有物のように見えてしまう。ここは豊島区にあたり、案内板も豊島区教育委員会が設置したものです。
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新宿区観光協会のHPにはこんな風に紹介されていました。
◎山吹の里伝説
文明年間(1469〜86)、太田道灌がこの付近に鷹狩りに来た時、急雨に降られて近くの農家で蓑を借りようとした。家の中から出てきた娘は、庭に咲く山吹の花を手折って道灌に捧げた。道灌はその意味が理解できずに帰り、近臣に事の次第を話したところ、そのうちの一人が、中務卿兼明親王の
「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)ひとつだになきぞ悲しき」
の歌を借りて、家に蓑がないから貸すことができないとの意を表したのだろうと話した。自分に歌心のないことを恥じた道灌は、その後、和歌の道に励んだという。この娘は紅皿といい、その墓と称される板碑が新宿6丁目の大聖院にある(区指定史跡)。

愉快ではないですか。山吹娘の墓があるなんて!そのうちに行ってみよう。

上掲の豊島区の標示に山吹伝説には「埼玉越生説」もあるという。なぜ越生かというと、太田道灌が川越城の主だったころのこととされている。

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七重八重を「ななへやへ」と「へ」にアクセントをおいておどけて覚えたんだ………とわたしがつぶやいたらM女さんも「そうそう」とおっしゃる。あれは確か落語「道灌」の語りがお互いインプットされていたのではないかと後になって気がついた。

曙橋
あまり印象に残らない曙橋であるが、高戸橋へ向かって新宿側の遊歩道を進む。
ジョワジョワザワザワと聞きなれない水音が聞こえる。神田川の流れが音を立てているのである。
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柳橋から遡行を始めていわゆる「せせらぎ」を耳にするのはここが初めてなのです。
「川にせせらぎは当たり前」という人にはこの異音は耳に入らないでしょうね。
「オッ 神田川もせせらいでいるんだ!」これは感動ものですよ。
右手の高いフェンスに古びた案内板があって「魚道」なるものを説明しています。
文字通り魚が遡上するためにつくった径ですね。これによって鮎が上流で見られるようになったと説明されています。
この魚道を水が流れ落ちる時に音を奏でる。
フェンスの足元は深い植込みがありますから、足を一歩踏み込んで、フェンスの隙間から流れを覗きましょう。
なるほどこれが「魚道か!」

濃い緑に包まれた遊歩道はここで終わります。
高戸橋交差点
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明治通りと新目白通りが交差する高戸橋交差点。神田川は大きくうねりまず高戸橋次に高田橋を通過します。
ここからは典型的都市型河川の様相を示していきます。


大きい地図で見る


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