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zoom RSS 山田風太郎 『幻燈辻馬車 下』 複雑骨折した元会津士族・干潟干兵衛の心境は?

<<   作成日時 : 2016/02/11 17:11   >>

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画像 「危機に陥ったとき、お雛が呼ぶと現れる干兵衛の息子・蔵太郎と妻・お宵の幽霊。2人に助けられながら、干兵衛はいつしか自由党壮士と明治政府の暗闘に巻き込まれていた。お雛と平穏な生活を望みつつも、会津藩士だった頃の自分を自由党壮士の姿に重ねて心揺れ動く干兵衛。そんな中で<赤い盟約書>を巡って事態は急展開する!最後に干兵衛が選び取る運命とは………。
激動する時代の波に翻弄される人々の悲喜を謳い上げた大傑作」
とカバー裏の紹介文にあるが、下巻の主役は自由党過激派の赤井景昭である。
大臣・参議クラスの暗殺を目論むテロリスト赤井に警察だけでなく三島通庸の私兵の捜査網が迫る。暗殺謀議の証拠になる<赤い盟約書>はいずこに?
赤井が身を寄せたのは相馬藩出身で巣鴨に住む老人・漢学者錦織晩香。この老人、新しい思想の理解者であり、若者への期待感はなかなか魅力的だ。

上巻で紹介したところだが、実在の人物であり、赤井の書いた天誅党旨意書、検挙されて入牢、脱獄、車夫の殺害、再逮捕まで史実を骨格にした波乱のロマンが描かれる。そこに干兵衛とお雛と幽霊たちが加わっての活劇が見ものです。人間臭い幽霊たちのユーモラスな振る舞いが笑わせる。
会津落城にあって干兵衛の妻お宵を犯した官軍の隊長は誰か?その復讐は成るか?というミステリもあってにぎやかだ。
錦織晩香(にしごりばんこう)も実在の人物であるが人物像は見事に脚色されている。
錦織晩香 にしごり-ばんこう
1816−1888 江戸後期-明治時代の儒者。
文化13年生まれ。陸奥(むつ)中村藩(福島県)藩士。古賀侗庵(どうあん)に師事し,昌平黌(しょうへいこう)にまなぶ。帰藩して藩校育英館教授,教頭となる。藩政にもかかわり,用人にすすんだ。明治2年集議院議員。のち私塾をひらいた。明治21年3月2日死去。73歳。名は積清。字(あざな)は子和。通称は良蔵。著作に「晩香詩文鈔」。(日本人名大辞典)
赤井景昭は叫ぶ
「われらここに革命の軍を加波山上にあげ、以て自由の公敵たる明治専制政府を転覆し、完全なる自由民権国家を造出せん。」
晩香先生は目を光らせた。
「お前を見損なった。罪もない無縁の老車夫を殺して何が自由の旗じゃ。お前はただの殺人者じゃそんなものに加わられては、革命の旗が哭く。」

このシーン!あの当時の学生運動を経験した世代なら懐かしさがこみあげてくる、もはや様式美の世界です。

会津戦争、西南の役と全力を挙げたいくさに敗れて挫折した男の十数年後だ。干兵衛の心境は晩香先生よりなお複雑に骨折している。「赤軍派」の若者を見る「戦中派」の気持ちであったといおうか………と表現されている。その心境は戦中派山田風太郎自身の心境ではないだろうか。昭和50年の作品だから、今初読すれば、いまさら赤軍派か………とサラリーマン卒業生としては古めかしいテーマに思えた。

昭和19年生まれの私には理解不能なのだが、ラストで干潟干兵衛は予想もしなかった行動に打って出る。
それは『警視庁草紙』の千羽兵四郎に似ている。颯爽としているようであるが死に場所を求める敗残者の哀しさが滲む壮絶のラストシーンだった。

蛇足ながら、
どうしても前作『警視庁草紙』と比較してしまいます。『警視庁草紙』が「大久保・川路対西郷シンパ」の対立構図であったのに『幻燈辻馬車』は「三島通庸対自由党過激派」とスケールが小さくなっている。実在の登場人物も著名人が少なく、物語にしっくりと溶け込んでいないような感じがしました。面白さでも前作を超えていません。自由民権運動についてあまりよく知らないということが一番の原因かもしれません。

もう一つ、今の学生さんは政治的におとなしすぎるなぁ。


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