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zoom RSS 滝口悠生『死んでいないもの』 なんともはやわかりにくい作品だがわかりにくいから芥川賞作品なのだろう

<<   作成日時 : 2016/03/18 00:20   >>

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画像この作品、文体が奇妙なリズムを奏で、とらえどころのないストーリーの流れが、登場人物たちの織りなす意識の交錯を凹凸のない時空に描いて、なんともわかりにくい芥川賞なのだが、わかりにくいから芥川賞なのかもしれない。
人は誰でも死ぬのだから自分もいつかは死ぬし、次の葬式はあの人か、それともこの人かと、まさか口にはしないけれども、そう考えることをとめられない。むしろそうやってお互いにお互いの死をゆるやかに思い合っている連帯感が、今日この時の空気をわずかばかり穏やかなものにして、みんなちょっと気持ちが明るくなっているように思えるのだ。
親類同士が集うお通夜の一日を描いた作品で、冒頭近くのこの一節は、親類縁者の葬儀に出たものであれば、特に故人が大往生といわれるような死であればなおさら、「そんなものであるな」と現実の雰囲気を感じさせるものがあって、作者がそれなりの年配者かなと思えば、そうでもなく、34歳の若者ではないか。

単行本ではなく、雑誌「文藝春秋」の三月号に掲載されたものを読んだのだが、この三月号は特集に「88人の『最後の言葉』」という有名人が死に直面した時に残した胸を打つ言葉があり、また「人生の終わりに何を遺すべきか」という座談会が組まれていたりして、つい先日72歳の誕生日を迎え、だんだんとあの世に近づいている身にしてみれば大変お得な読み物が満載の特集号であった。

葬式を扱ったドラマといえば黒澤明監督の映画『生きる』がまず浮かんでくる。通夜に参列した家族や故人の職場関連者が勝手に自分のイメージで主人公・勘治の人物像を造りあげていきます。虚像から実像へ。勘治に関する多様な解釈や様々な回想が展開されるのです。
『死んでいないもの』では死んだものである故人を回想するものは友人の老人だけで、家族たちは勝手気儘に自分たちの過去や現在について、「回想する」という整理した行為ではなく、ただぼんやりとした意識の流れの中に過去も現在もごちゃまぜにして、たゆたうのであります。
葬式を扱ったドラマではもう一つ伊丹十三監督の『お葬式』がありました。これまで厳粛な儀式であったお葬式をそのものズバリで取り上げ、右往左往する家族と、周囲の人びとの姿をコミカルに描いて話題になりました。山崎努演じる喪主の屋外でのセックスシーンという極めて不謹慎な行為も喧々諤々の論議を呼びました。

不謹慎といえばこの作品でも世間的には不謹慎あるいは反倫理的なあるいは弾劾されるべき人物が大人、若者、子供と歳に関係なくでてきますので、「怪しからん」と言いたくなる読者もおられることでしょう。なぜ「怪しからん」かといえば、その行動を「怪しからん」とするのではなく彼らの罪や咎を作者が許容しているところでしょう。許容というよりはそれらをありふれた日常性に流し込んでいる姿勢が気に食わないのかもしれません。でもね、実際にはありふれた風俗になっているといえなくもない。

芥川賞作品には珍しい過剰な登場人物群です。85歳の故人には五人の子らがおり、それぞれの連れ合いがいる。孫がたぶん十人いて、ひ孫がたぶん三人いる。私も親戚は多いので、誰が誰の子だったかなと隣の人にそっと尋ねることは現実の葬儀でしばしば経験したところだなぁ。。これらの意識がごった煮のごとくに混濁し、あるときは家族内輪での、あるときは同じ世代でのまとまりとなって交錯して流動する。あたかも次から次へとかたどりを変えるあやとりゲームを一晩中取り合う、死んでいないものたち。言葉にならない感情を理屈になっていない理屈で妄想するのであるから芥川賞受賞作らしくもつれにもつれます。語り手が融通無碍というドストエフスキーの向こうを張った文学性でありますから誰が何をおもっているのかがわからなくなります。
横溝正史のミステリーを読み解くように家系図をメモにしておく必要がある。いやそんなことをして何の意味があっただろうか。

親戚中からアル中の暴力オヤジとのけ者にされた男は息子たちにとってはそれが普通の父だと思えていたという。不登校の引きこもりのまま成人になった変わり者は妹や祖父である故人にとっては普通の人であったという。中学生が冷蔵庫の中のアルコールを飲んでひっくり返っていてもあまり気にしない人達である。異常が日常化しているのだろうか。それとも仏の高みからはそれが人というものだと達観するのだろうか。

ドラマティックなんてことあったかいな。人間の一生とはつまらぬ記憶の断片がいくつか集まったものにすぎない。その記憶すら実態だったのかととことん突き詰めていくとまことにあやふやなものに雲散してしまうのだが、その程度のことなんだ。………と故人と彼の友人であるはっちゃんは交信していたのかもしれない。もしかしたらそれって真実かもね………と老人のわたしは思うのだ。

死んでいないものよ、お前たちも薄っぺらな人生をおくっているようだな。
故人は棺桶の中で死んでいないものたちの思念の洪水にこんな思いで苦笑いしているのだろう。
無常忽(たちま)ちに至るときは、国王、大臣、親じつ、従僕、妻子、珍宝たすくるなし。
ただ独り黄泉に赴くのみなり。




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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
ひさしb
読み人
2016/03/19 21:05
操作ミスで訳の分からないコメントを書き込みまして済みません。暫く振りにブログへ参上。
楽しく拝読させて頂きました。
読み人
2016/03/19 21:10
読み人さん こんばんは
なかなか完治しないままで頑張っています。老体ですからあの世もこの世もあまり変わりがない気がしてきました。
よっちゃん
2016/03/19 22:17

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