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zoom RSS 藤原伊織の最新作『シリウスの道』あの期待を肩すかしされた傑作

<<   作成日時 : 2005/06/21 23:21   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 10 / コメント 1

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広告業界、異彩のサラリーマンが現場で大活躍するその展開に引き込まれて、電車を乗り過ごした。だが直後に藤原伊織のあのイメージからは期待がはずれた凡作と思った。そして一日たったところでこれは傑作だと気がついた。

辰村祐介 38歳独身、テレビもない床には新聞や雑誌が散らばり雑然としたワンルームマンション。ショートホープを切らせないヘビースモーカー。下手な競馬。帰宅してウイスキーボトルを半分開け、そのまま寝込む。しわくちゃな背広のままに臭い息を吐きながら出社におよぶ。上司へはへつらわない過激な発言。
深夜の新宿、風俗呼び込みのチンピラを拳で殴り倒す。顔面血に染まった男に背を向けた孤影。
「おれなんかさっきの呼び込みのような生活がいちばんお似合いなのかもしれない」
危うい魅力が漂うはみだしもの。充分に濃厚なハードボイルド調を期待させるスタートである。
さらに新宿厚生年金会館近くバー吾兵衛、つまみは唯一ホットドッグ。客席には50をこえたひどく暗い目をした男。左手の指二本が欠けている。浅井志郎との邂逅である。つい最近、著者ののデビュー作『テロリストのパラソル』を読み終えたばかりだから、浅井が辰村に「目の光がその男に似ている」といい「あの男は3年前に死んだ」とつぶやく段になればテロパラを思い出すことのできる読者だけの特権といえるこの味わいにゾクッとしたものだ。

そして辰村の哀切の過去が語られる。25年の歳月の向こうに大阪の下町今里。貧しさだけではすまなかったそれぞれの家庭。同い年13歳の少年二人と短い髪の少女。三人が共有した陰惨な出来事。少年二人のあの決意と行動。固い絆の確認。
消息も途絶えた25年後にその秘密が暴露されようとしている。時の流れは三人を変えたのか三人は変わらなかったのか。
ただし、ここはミステリーファンならば「使い古されたテーマ」だと思うだろう。そう思って私も読み進めた。

しかしながら、辰村祐介、東邦広告勤務。広告業界ではなうてのスゴ腕、第一級の営業マンだ。
仕事に使命感があるとすればただ一つ、顧客ニーズに応えること。いくつもの難題をかかえる顧客からの注文。それを実現させる磨かれたスキルを持ち、同業他社との熾烈な競争に連勝。そのためには緻密なデータ収集と戦略の立案。分業化した社内の専門機能を円滑に活用し、部下の見えない力を引き出し、周囲からは信頼され、上司には的確なアドバイスを与える。責任は回避せず、他人から受けた恩義を忘れることはない。リスクへの洞察、先見性をもった判断と、タイミングを逸しない決断。つまり押しも押されもしない完璧なプロフェッショナルなのだ。
と述べてみたが小説にはこのような表現はない。私が勤めていたことのある企業の人事考課の項目を彼の行動に即してまとめてみた人物像である。

ストーリーは東邦広告に持ち込まれた規模18億円の大型プロジェクト受注競争の顛末が主軸である。さすが電通勤務経験のある著者だけにこの現実的テーマを劇的に感動的にしかもリアルに活写するものだから共通の日々をおくるサラリーマンにとってはグイグイと引き込まれるはずだ。いくつもの付属したエピソードはあるがそれを捨象したところの受注競争一本のストーリーだとして、読者はこれで充分満足するだろう。

ただ、アウトローとの親交、時を経た友情と著者らしいエピソードはあるものの味付けに徹底が欠け、あの『テロリストのパラソル』の世界はどこへ行ってしまったのだろうと寂しい思いがするかもしれない。私がそう感じた。しかし、現実の企業とそこで働く人をここまで生き生きと描いていれば旧い感傷的テーマは横に置いてもいいのじゃぁないかなと辰村というニューヒーローの登場にわたしは少し前の職場に復帰したような気分になった。

ところで
この小説は広告業界を舞台にしただけで、単に昔からある企業内幕ものではないか。
常識を忌避するスーパーマンサラリーマンがワルをやっつける痛快話なら掃いて捨てるほどある。
だいたい主人公の周りにはいい人ばかりが多すぎるご都合主義。
との見方がありうる作品である。

私がこれを傑作だ、ニューヒーローの誕生だと思うところ。
今日ある企業は経営そのものがコンプライアンスを抜きにしては存続できない状況にある。だから昨日までのようなトップ、あるいは経営陣が法令違反をしていることを前提に、型破りの主人公がこれも法を犯す覚悟で胸のすく活躍をするストーリーは時代遅れのオハナシになってしまい迫力は失われた。ライバル企業だって違法な手段による妨害工作などしない。辰村はきわめて健全な常識人のサラリーマンであり、競合相手との戦いも裏技なしの正攻法だけである。彼の上司だってトップはなおさら「いい人」ばかりであることにこそ真実味がある。少なくとも腐った首脳が長いことその座に居すわるはできない。それがバブル崩壊の後、再生しつつある企業一般の実像なのだ。

藤原伊織はあきらかに企業体質のこの変化を的確にとらえている。オハナシというものはこれではおもしろみが薄れるはずなのだが、あるべき企業活動を正面からとらえてこれだけ劇的に描くことができればやはり傑作としか言いようがない。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
藤原伊織『テロリストのパラソル』忘れがたいこの名作をいま再読する
空には轟音をたてて旋回するヘリコプター。屋上から降りそそぐ火焔ビン、投石。粉塵や地上からの催涙ガスと放水で周囲は白煙にけぶっていた。 1969年東大安田講堂。 会社に入ってようやく3年がたとうとする頃だった。 「ここまでいっちまったのか」 と市街戦さながらのテレビ映像をくいいるように見ていた。 ...続きを見る
日記風雑読書きなぐり
2005/06/23 12:13
「「藤原伊織氏のガン発症」について」について
「「藤原伊織氏のガン発症」について」について 「ファンキーなじじい作家」なんていかにも藤原さんらしい。早期再登場を祈るばかりです。 6月に長編『シリウスの道』が発刊されるそうです。文芸春秋社ですからなにかベストセラー入りの企みがあるかもしれませんがこれは見逃せそうにありません。 ...続きを見る
日記風雑読書きなぐり
2005/06/23 12:17
藤原伊織氏のガン発症
<藤原伊織さん>小説誌に寄稿し食道がんを告白 [ 05月22日 19時22分 ] 毎日新聞  直木賞作家の藤原伊織さん(57)が、食道がんを発症し、5年生存率が約20%と告知されていることが分かった。発売された小説誌「オール読物」6月号(文芸春秋)に寄稿して、自ら明らかにしている。  寄稿によると、がんが分かったのは今年2月中旬で、3月中旬から断続的に入院して放射線治療などをしていた。6月に4回目の入院予定。  藤原さんは、95年の作品「テロリストのパラソル」で江戸川乱歩賞と直木賞... ...続きを見る
日記風雑読書きなぐり
2005/06/23 12:23
シリウスの道
現時点での最新作「シリウスの道」の読書感想文を探してトラックバックさせて頂きます。その際にトラックバックさせて頂きましたサイト様の名前を羅列します。あなたの感想文もトラックバックするかもしれません! 読んでメモ、ほかもメモ。 様 http://plaza.rakuten.co.jp.. ...続きを見る
藤原伊織氏 応援サイト
2005/08/26 23:59
『シリウスの道』(藤原伊織)文藝春秋
【あらすじ】東京の大手広告代理店の営業部副部長・辰村祐介は子供のころ大阪で育ち、明子、勝哉という二人の幼馴染がいた。この三人の間には、決して人には言えない、ある秘密があった。それは…。月日は流れ、三人は連絡をとりあうこともなく、別々の人生を歩んできた。しかし、今になって明子のもとに何者からか、あの秘密をもとにした脅迫状が届く!いったい誰の仕業なのか?離ればなれになった3人が25年前の「秘密」に操られ、吸い寄せられるように、運命の渦に巻き込まれる―。著者が知悉する広告業界の内幕を描きつつ展開する長... ...続きを見る
渋谷で働くサラリーマンの日記
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「シリウスの道」藤原伊織(2005)☆☆☆☆★ ※[913]、国内、現代、ビジネス、小説、ハードボイルド、ミステリー ...続きを見る
図書館で本を借りよう!〜小説・物語〜
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イイオンナの為の「本ジャンキー」道
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タイトル:シリウスの道 著者  :藤原伊織 出版社 :文藝春秋 読書期間:2006/01/16 - 2006/01/20 お勧め度:★★★★★ ...続きを見る
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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
トラックバック、ありがとうございました。
よっちゃん(?)の素晴らしい書評を読ませていただくと、私の捉え方の浅さが透けて見えるようで情けなかったです。(笑)

食道がんの克服は困難と聞きますが、更なるご活躍を期待できる方であるだけに、藤原さんには、天命を能動的にコントロールして欲しいと願うばかりです。
眠り猫
2005/08/07 18:39

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