薬丸岳 『天使のナイフ』最近の 江戸川乱歩賞にはなかったひさびさの傑作だ


刑事罰の対象にならない少年たちに妻を惨殺された桧山貴志。「殺してやりたい」と思わず憎しみの叫びをあげる。殺人者に対する怨みを晴らすすべがない、少年法の保護主義に対するやりばのない怒りが読者の共感を誘う。

東野圭吾『手紙』は加害者側の苦悩を通じて日本的現代版の「罪と罰」を問いつめた。この作品は類似のテーマを被害者の立場から見詰める。刑事罰を受けない彼らの「贖罪」とはなんなのだろうか。法理論からはその目的である「健全育成を期す」つまり更生の実現こそが「贖罪」にあたるとのしているものと思われる。しかし、桧山は更生したと思われている少年が実は陰で舌をペロリとだし、凶悪の素質に変わりがないことを知って、法の不毛を痛感する。

著者は桧山の心情を通して少年法の保護主義を批判し、厳罰主義を主張しているのだろうか。
そうではない。
桧山はやがて罪を犯した少年たちに一生懸命になって教育を施す人々を見る。さらに法の精神が活かされ、それからの人生をけなげに生きようとしている者たちが身近にいたことを見いだすのである。そして著者は凶悪非行少年が背負うべき「贖罪」とはなにかをつきつめる。
法理論とおなじく更生の実現が「贖罪」にあたることにかわりはない。
ただし
「被害者の存在を無視して『真の更生』などありえない」
元法務教官のジャーナリスト・貫井の言葉は重い。
ラスト近く
「被害者が本当に許してくれるまで償い続けるのが本当の更生なんだ」
と糾弾する桧山の声は悲痛だ。

被害者側と加害者側の接触を断絶し、情報を閉ざす制度上の壁、少年院で欠けている贖罪教育、それをきちんと被害者側に伝えるシステムの欠落、さらに興味本位でかきたてるマスコミの姿勢が「贖罪」を困難にしているのだと著者は指摘している。

少年法は学者、法曹界、政治家たちの議論が絶えないところである。本著は真摯な社会的視点で描かれ、フィクションであるからこその迫力と感覚で少年法の根底にある一つの核心を提示した好著だと思う。

ただし
憎んでも憎みきれないこの少年が桧山にアリバイがない状況で殺害される。
「殺してやりたかった。でも殺したのは俺じゃない。妻を惨殺した少年たちが死んでいく。これは天罰か、誰かが仕組んだ罠なのか」
二転三転のどんでん返しが効いている。これは真犯人探しの本格ミステリーでもある。ミステリーとしての味付けが濃いだけ、東野圭吾『手紙』と比較すると「感動作!」とまでは言えないのだが、最近は期待できなくなっていた、ひさびさに江戸川乱歩賞がふさわしい上等の作品だった。

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この記事へのコメント

まめころりん
2005年09月03日 22:49
はじめまして(´ー`)ノ
同じブログ村の住人さんですね~お互いがんばり
ましょうね!
どんでん返しのミステリー大大好きなので大いに
興味そそられました
薬丸 岳さんって初めて耳にする作家さんです
また面白い作家さんに出会えたかも
ありがとうですペコリ
2005年10月24日 20:15
TBとコメントありがとうございました。
久しぶりにはまった江戸川乱歩賞でした!
読みながらいろんな事を考えさせてもらいました。彼の次の作品にも期待しちゃいますね。
bookbookbook
2005年11月26日 01:23
TBありがとうございます。
個人的には私も最近ちょっとイマイチだった乱歩賞でしたが、
今回はヤラレタ!って感じでしたね。
期待の新人です。次回作が楽しみ!
ゆうき
2006年02月07日 12:43
こんにちは。亀レスですみません。
私も最近やっと、この本を読みました。
とてもよかったです。
私は東野さんの「手紙」ではなく、「さまよう刃」と比べてしまいました。
東野さんのほうが上手いし、面白いし、バランスがいいのですが、
この本のほうが真面目で、考えさせられる本でした。では。

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