北村薫 『盤上の敵』 見事に決まった叙述の仕掛け

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ミステリー好きのメル友から北村薫の作品を推薦いただきました。北村薫はエラリー・クイーンへの思い入れがたいへん深い作家だそうです。今年がエラリー・クイーンの生誕百年にあたることから上梓した『ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件簿』はEQファンでなくてもミステリ好きには楽しめること請け合いというおすすめでした。そして北村の過去の作品『盤上の敵』にふれて、これもEQ作『盤面の敵』を意識したものらしいのですが、北村薫ミステリのベストだとのコメントがついていました。

私は『六の宮の姫君』だけを読んでいて、蘊蓄いっぱいの作品のはいかにも若者らしいみずみずしい文体に気後れがし、きらきらした才能が年寄りにはちょっとまぶしすぎる印象があった程度の記憶しかありません。

とりあえず『盤上の敵』を読んだのですが、これはコメント通り私もこのジャンルの傑作だと思います。

「このジャンル」というのは一人称の複数の語り手からなる叙述で小説が構成され、読者を徹底的にミスディレクションし、混迷の淵に落とし込み、その渦中で実は全く別のストーリーがあったことを唐突にしめして呆然とさせる、奇抜な工夫で楽しませてくれるミステリーの手法です。ただこの手の作品で成功しているものは限られているような気がします。多くは奇抜にするための奇抜さに力点が置かれているため仕掛けが複雑になり、現実性は希薄化し、人間が描けていないからです。

それらの凡作とは異なり、『盤上の敵』は冷酷、邪悪な意図により壊されていく人生の悲しみ、憤りと再生への勇気、夫婦愛が一方の縦軸になっていて、このストーリーにはひかれるところがありました。このテーマがメインであるなら、おそらくよくあるステレオタイプな小説にとどまるところですが、後を受ける仕掛けと抜群にマッチしているところで成功しています。

作者の仕掛けは見事に決まっています。しかも非常にシンプルな騙しでした。久しぶりに欺かれる快感を堪能しました。そしてミステリーマニアはともかく一般のミステリー好きに読み応えを感じさせる仕上がりになっていました。
また『六の宮の姫君』を書いた著者らしい「しりとりゲーム必勝法」的な言葉遊びの蘊蓄もあってとても軽妙な味わいもあります。

「盤上」とはチェスゲームのことです。
我が家に猟銃を持った殺人犯(黒のキング)が立てこもり、妻・友貴子(語り手の一人・白のクイーン)が人質にされた。警察とワイドショウのカメラに包囲されたマイホーム!末永純一(語り手の一人・白のキング)は妻を無事に救出するため、警察を出し抜き犯人と交渉を始める。はたして純一は犯人に王手(チェックメイト)をかけることができるだろうか?

とこれがもう一つの縦軸です。

殺人犯対夫婦を黒と白のチェスゲームに見立てているのです。読み終えたときに、EQ作『盤面の敵』もチェスのイメージがある作品のようですが、それだけであればあまり意味のない見立てだなと思いました。
ところが、ここにたいへん粋な、これが北村薫の絶妙の洒落かと思わせる含みがあったことに気がついて、この作品ますます気に入る結果とになりました。

チェスをよく知らなかったのでちょっと調べてみたのです。
ネット百科の「ウィキペディア」の「チェス(クイーン)>「クイーンの価値」にこんな紹介があった。
1 チェスの駒6種類のうち最強であり、キングを除いた駒のうちもっとも価値が高い。
2 キングとクイーン1つで相手のキングをチェックメイトできるため大駒といわれる。
3 クイーンの価値はポーン9つ分とされる。ただしこの評価は絶対的なものでなく、局面によって駒の価値が変わる。

この紹介はまるで「『盤上の敵』を二倍楽しむために」書かれたような、3項目そのままに「クイーンの価値」が作品に表現されているのですから。
完璧でしたね。


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この記事へのコメント

まめころりん
2005年10月11日 22:59
こんばんはペコリ
遊びにきてくださりありがとうございます!
北村薫さんのこの作品 びっくりでした
クリスティのあの作品のよう・・
賛否両論かもしれませんが私は素直にだまされて
面白かったです

新しい記事にコメントしようと思ったのですが
なにしろドストエフスキーだったので(^^;
読んだことも 手に触れたことさえも
ないですヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ

色々なジャンルを読まれているんですね~
2005年10月12日 22:29
こちらのブログに来ていただき、ありがとうございます。

この本は、わたしにはせつなかったです。
しかし、トリックは鮮やかでしたね。
やりきれなさと、爽快感を同時に抱えて何と言ったらいいのか。
面白い本でした。

また遊びに伺います。
今後もよろしくお願いします!
2005年10月13日 23:28
こんばんは。早速お邪魔させていただきました。
来てみて知ったのですが、コメントは初ですが・・・実はよく覗かせていただいておりました(笑)。

「クイーンの価値
局面によって価値がかわる。大駒。価値が高い・・・なるほど。
作者の北村さん、ホントに完璧です。脱帽です。教えてくださって、ありがとうございました♪
また、お邪魔させていただきます。
TBさせていただきますね。
しろじ
2005年12月27日 11:02
こんにちわ、お初です。

この作品・・・トリックはうまくできているんだけどなあ

TBさせてもらいます

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