村上龍 『半島を出よ』  上 過激で危険な現代の寓話なのだ

画像冷戦後の仁義なき大競争時代に取り残されたニッポン。この不安と焦燥に満ちた現代を村上流に延長し、危機の構造を戯画化した作品として注目すべき、これは寓話でしょうね。

国家としてのビジョンを喪失し、財政・経済政策に有効な手を打てなかった日本はいまや文字通り破綻へのスパイラルにはまりこんだ。円の下落、インフレーションの進行の中で預金は封鎖され、食糧危機と貧困層の増大で大量の餓死者、凍死者が生まれつつある。脆弱な外交政策から安全保障ではアメリカからも見放された。コントロール能力を喪った日本は世界から嫌われ排除されるのだ。
落日の民主主義国家日本と対峙させたのが、暴力が統治の原点である独裁国家・北朝鮮である。北朝鮮は国家として強力な明確なあるいは単純なビジョンを持ち、暴力の使い方に長けている国なのだ。そして500人の北朝鮮侵略軍が九州福岡を制圧する。

暴力が生み出す痛みと屈辱と恐怖によって上が下をコントロールするシステムが貫徹している。福岡市民の不正蓄財者を逮捕し、文字通りに肉を削ぎ、骨を砕き、内蔵を曝し。糞尿まみれで放置する監禁状態、まさに生きたままでの「人間性抹殺」である。この神経を逆なでされる凄惨なシーンにわたしは震え上がるほどの恐怖感を覚えた。そして村上龍は政治家や官僚など政治機構の中枢にある人たちを国家運営の展望も使命感もない無責任者の集合であるとし、特に国家としての危機管理についてはアメリカにオンブし、そのアメリカから見放されても管理機能不全のままに放置する楽天家としている。その右往左往の道化ぶりを北朝鮮軍の制御された一糸乱れぬ行動と対比させたっぷりと揶揄する。福岡市民は恐怖に怯えながらも彼らとの共存の日常生活を始める。その他の日本人は他人事のようにテレビのこの報道番組にしがみついているばかりだ。だいたいの「日本人」は会社の都合で首になっても家族に家を追い出されても、政府から預金を奪われたって本気になって怒ることも抵抗することもしないものだ。それでもなにかを信じようとしている、あるいは何かにすがっていたいと寄りかかるものだと村上龍は類型化した。

全国民が為すすべのないまま、まもなく12万人の北朝鮮軍が上陸することになる。

ところでこの組み立てだが元官僚とか元金融機関出身とかあるいは政治評論家の手になる情報小説のたぐいではない。日本の近未来をシミュレーションし、軍事的脅威に無防備な危機管理体制に警鐘をならすメッセージを読みとるとすれば、それはよくあるパターに過ぎず村上龍の本意ではないでしょう。

「失われた十年」といわれる。それはデフレによる資産価値の喪失だけではない。国民が共有することのできる<価値観の喪失>である。大切なものかけがえのないものはなにかを指し示す尺度のことだ。熱くもなく冷たくもないぬるま湯の民主主義に対してどこかで焦燥感、危機感が高まっている。そして反対極に独裁主義がある。それは確固とした価値観・国家の意思を持つものである。ただ国民は単なる部品である。そこでは<人間性の喪失>が歴然としているのだ。

<価値観の喪失>か<人間性の喪失>か。村上龍の問題提起はこの<二つの喪失>をあえて二者択一の秤にかける過激な見せ方をしているのだ。

下巻へつづく

この記事へのコメント

2006年01月03日 23:44
コメントありがとうございます。
まだ、下巻を読み始めたばかりですが、日本という組織からはじき出され疎外されてきた「イシハラ」グループが、物語の鍵を握っていそうで、読み進むのが楽しみです。

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