五十嵐貴久 『誘拐』 あまりのご都合主義にあきれかえる。

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先日テレビで黒澤明の映画『天国と地獄』を観た。1963年の映画館で見た印象は今でも鮮明である。エド・マクベインの『キングの身代金』が原作だといわれるが、新幹線のトイレの窓を使った身代金の受け渡しというアイデアには驚嘆したものだ。スラム街で生きる凶悪のインテリ・山崎努が演じる誘拐犯。スラム街からはるか見上げる高台の豪邸に暮らす製靴会社常務を三船敏郎が演じる。山崎努は三船の息子と誤って彼の運転手の息子を誘拐する。身代金を要求された三船の苦悩するシーンがこの映画をレベルの高い人間ドラマとして完成させている。

その頃読んだ高木彬光『誘拐』はスリリングなストーリー、意外性、見事などんでん返しを仕組み、しかも完全犯罪をもくろむ犯人が伏せられているという本格推理小説として傑作の誘拐ものだった。トリッキーなゲーム感覚で描いた誘拐ものでは岡島二人『99%の誘拐』東野圭吾『ゲームの名は誘拐』が印象に残る作品だ。誘拐を取り込んでシリアスに現代を描いた高村薫『レディ・ジョーカー』夏樹静子『量刑』も忘れがたい。

ミステリー作家ならばいちどは挑戦してみたいテーマなのではなかろうか。とにかく私は誘拐ものが大好きである。そこでこの作品ズバリ、タイトルが『誘拐』であった。
韓国大統領来日。歴史的な条約締結を控え、全警察力が大統領警護に集まる中、事件は起きた。少女誘拐………。まったく痕跡を残さない犯人に、大混乱に陥る警視庁」
警視庁VS頭脳犯
超密な犯罪計画、超驚の警察小説
どこかジェフリー・ディーヴァーを想起させる、凶悪な知能犯がもくろむ大型犯罪か?著者が読者に仕掛けるトリックの趣向は?とぞくぞくする期待感があった。
まず誘拐の実行犯・秋月孝介の素顔が語られる。上司からいいように扱われ会社の犠牲になって解雇される真面目なサラリーマン。失職し娘と妻を失った38歳の中年男である。彼は元同僚の関口純子の協力を得て現職総理大臣の孫娘・中学1年生を誘拐する。そして身代金30億円と日韓友好条約の締結停止を要求する。この犯行宣言、要求の伝達手法に著者の工夫があって非常に新鮮であり、なかなかに期待通りのスタートだった。

警察小説を標榜しているためか北朝鮮のテロに違いないと勘違いした警察内部の大混乱が詳細に描かれる。ところが読み手はこれが北朝鮮による犯行ではないことがわかっているため、警察捜査の難航を詳しく述べられてもそこには緊張感が伴わないのだ。また孫娘かわいさのあまり悩乱する総理大臣だがいくらなんでもここまで下品な姿態をさらけ出す政治家はないだろう。『天国と地獄』の三船敏郎はさすがであったなぁ。右往左往する総理大臣大臣の描写も長い。リアリティに乏しく、いささか退屈になってしまうのだ。
ちょっとした退屈は我慢しよう。秋月、関口の計画は完全犯罪達成にむけて着実に進行していく。
そして着実であればあるほど読者は作者のどこかに仕掛けたはずの謎への関心を高めることになる。どこかになにかあるはずだと。この隠された謎がわかるかと著者は読者へ挑戦している。たしかにひねりはある。

この手の仕掛けではラストに「意表をつく超絶技」が大いに期待されるものだが、著者のご都合主義が目に余るため、私には肩すかし程度の淡白なものにしか感じられなかった。

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  • 五十嵐貴久  誘拐

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