山田風太郎 『魔群の通過』  鬼才風太郎が水戸天狗党の乱を描いた異色の傑作歴史小説

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水戸の内戦は、まことに酸鼻なものでございました。内戦とはそれまでまったく隣人友人としてつき合っていた人間たちが敵味方に分かれて、同じ国の中で、いくさと言える時間と規模で相たたかうものであります。そもそも日本において内戦という状態にあるいくさは、元治元年の水戸内戦以外にはないのではござりますまいか。
「魔群」のタイトルイメージからは忍者群の話と誤解されそうだが天狗党のこと。山田風太郎の作品群にあって、おそらくポピュラーなものではない。しかも水戸天狗党の乱の詳細を追ったシリアスな歴史小説で著者の作風からもしても異色である。私の手にしたものは光文社のハードカバーで昭和53年の初版本だった。書架の奥に眠っていた父の蔵書からたまたま引っ張り出してきたのだが、思いがけない傑作!砂利石の中から宝石を見つけたような驚きでうれしくなった。山田風太郎にこんな凄い作品があったんだ。

私は茨城生まれなのに、お恥ずかしいことだが、そもそも天狗党ってなんなんだ?水戸藩、徳川斉昭、藤田東湖、水戸学、勤王攘夷、桜田門外の変、武田耕雲斎。これらはばらばらに常識の範囲で知っていたのだが、天狗党の乱の全貌はまったく知らなかった。作品同様にこの史実も決してポピュラーなものではない。だから余計にこの作品の奥行きに感じ入った次第。

幕末の動乱史のなかでも鳥羽伏見、上野彰義隊、白虎隊、五稜郭は世間に知れわたっている。これらいくさの勇壮と壮美に比べると、いかにもカッコ悪いところがいっぱいある内戦なのだが、郷土びいきも手伝って、天狗党の乱という史実は絶対にもっと知られてよい。だからこの作品はもっと読まれてよい。

物語は維新後、判事となった天狗党の生き残りで武田耕雲斎の子・武田猛(事件当時15歳の少年)がゆかりの深い敦賀に招かれ講演する形をとっている。

水戸藩主徳川斉昭の下で改革政治に登場した者が天狗と呼ばれ、尊攘激派を中心とした天狗党は、斉昭没後に力を得た保守派とくに諸生党と激しく対立した。
1863年(文久3)8月18日の政変で尊攘運動が挫折すると、天狗党の藤田小四郎らは幕府に攘夷の実行を促すためのデモンストレーションなのだが、田丸稲之衛門を総帥として翌64年(元治元年)3月27日筑波山に旗揚げした。
ただ天狗党も一枚岩ではなく藤田小四郎の筑波派、武田耕雲斎の武田派、江戸にいる藩主・慶篤から調停のために派遣された松平大炊頭の大発勢、さらに田中愿蔵率いる超過激ゲリラもいて、解決能力を欠いたバラバラ集団であった。
天狗憎しの諸生党軍(首領・市川三左衛門)に幕府軍(総督・田沼玄蕃頭)が加わり、那珂湊で対峙、水戸藩内の党争、家族を人質に取られた近親憎悪の色濃い戦闘が始まる。
天狗党ははじめから軍資金不足に悩まされ、近在の諸藩や豪農商に金穀を強要することが多かった。特に田中愿蔵の非道な所業は民間人に恐怖を与えたため、天狗党全体が強盗殺人集団と印象付けられた。
幕府が諸藩に追討を命ずると、諸生党の天狗党攻撃も激化し、窮地に立った天狗党は、武田耕雲斎の提唱により在洛中の一橋慶喜(斉昭の実子というのも皮肉である)を頼りに大挙西上する。疲労、飢餓、極寒の果てに、耕雲斎が慶喜へ寄せた期待は逆目に出る。京にあと一歩で加賀藩に降伏して拘禁された。1965年(慶応元年)家族全員皆殺し、身の毛がよだつ処断をもって乱は終止符を打つ。
半年にわたる戦闘の結果、水戸人だけでも死者は二千人、総計では五千人に及んだ。維新革命の烽火というべき行動をおこした水戸人たちだったが維新の世に大官に就いたものは一人もいない。それほど人材を消耗したこの凄惨な内戦を詳らかに描いている。
維新前夜、水戸藩内戦で賊軍の汚名を着せられた天狗党の恐るべき一千キロの大長征の記録。全行程を初めて踏破した著者が、渾身の筆をふるって描く長編力作

水戸学は、尊皇攘夷の観念を中心に幕藩体制という階層秩序を根本の前提にした思想の体系である。幕末には全国的規模の「尊皇攘夷理論」の基礎になったものだ。しかし幕末はこの理論が虚構として露呈した時代でもある。そしてこの虚構はしたたかな西南列藩によって「倒幕」という実践にすり替わった。しかし水戸藩は幕藩体制の中核・御三家のひとつであり、「倒幕」の発想はもたず、もののふとしての矜持を固くし純粋理論に奉じる宿命にあったのだ。

天狗党の悲劇は先見性のあるリーダーの欠如にもあった。著者はこの悲劇を大いなる歴史の皮肉として詠嘆的に語りかけるのだ。
主には1千キロの行軍の途中にある様々な出来事が語られる、いずれも見事に粒の揃った逸話だから、ぐいぐいと引き込まれる。一言で言えば、純な精神が期待を裏切られるところの哀れさなのだ。15歳の少年の目で描かれているから、裏切り行為の醜さや悲壮感を重苦しく語るのではなく、ときに幼さゆえの見当ハズレ、軽いカマトト的ノリがあるのだが、それでかえって悲哀感をかきたてる。
主人公は15歳の武田猛(幼名・源五郎)、17歳の武田金次郎(耕雲斎の兄の長男)、12歳の野村丑之助の三人だといえよう。
曠野の果てをゆく幟と人馬。弾丸のうなりの中にますらおの詩に耳をかたむけ、戦死する。吹雪の夜、ただ篝火をたよりにたちつくす浪人兵。雪と氷の大山岳を大砲を曳いてよじ登る蟻のような百姓兵の群れ。
あの懸軍万里の大行軍は何のためであったか………。時代の流れの中で空回りしたエネルギーの暴発であり、残忍な殺し合いの末に憎悪だけが残る。

程度の差は大きいが長い人生には似たようなところがあると、老人の私にはその虚しさが身にしみるのである。
リーダー不在の目下の政治の体たらくは怒りを通り越して虚しさだけを感じる今日この頃だ。地球上のいたるところで勃発している戦闘にも共通する虚しさがある。これはおろかな存在である人間の宿命なのだろうか。

閑話休題
しかしこの歴史小説を大衆娯楽小説として面白くしているとびきりの趣向は、二人の個性的女性を登場させたことにある。
天狗党の敵、幕府軍総督・田沼玄蕃頭の妾であるおゆん。諸生党軍首領・市川三左衛門の娘であるお登世。
冒頭に近く、怪人物・田中愿蔵の手引で少年たちがこのふたりを誘拐する。天狗党は彼女たちを人質に、1千キロを同道させるのだ。飢えた人狼集団に投げ込まれた女たち。それでなくても男ならだれでもそそられる、妖艶のおゆん。おゆんはかねて藤田小四郎に思いを寄せていたが、ここで武田金次郎を誘惑する。いっぽう武田金次郎はお登世に魅かれる。さらに行軍には侠気にほだされた宿場女郎衆が加わる。
さあどうなるかと、これは風太郎の本領発揮である。
ところがエロティックな話だけではなくなる。おゆんとお登世はこの物語のもうひとつの柱として圧倒的存在感を見せてくる。女の矜持である。
詳細は省くが、二人なしにはこの物語はありえなかっただろう。鬼才風太郎の面目躍如である。

そして事件の後日譚ともいうべき明治元年から明治20余年までの最後の章「討つもまた討たれるもまた」。読者はこれまで以上の戦慄を味わうことになる。天狗党の登場人物は家族も含めて全員が虐殺された。生き残ったのは二人の少年、語り手と武田金次郎であり、幽鬼と化した金次郎の復讐の物語である。ここで、この物語の裏側にあったもうひとつの真実が劇的に明らかにされる、ミステリーで言えばドンデンガエシが決まった。最後の最後まで目を離せない。

討つもまた討たれるもまた「敗者」でしかなかった虚無地獄に菩薩を見る思いがした。

人間としての勝者は誰であったか?

この嫋嫋たる余韻はしばらくは胸に残るだろう。

風太郎流歴史小説の傑作である。

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